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お墓参りへ…

昨日、石狩市厚田にあるお墓へ行って来ました。

天気は前半は雲の多い天気でしたが、時間が経つにつれ雲も無くなり、気持ちの良い青空となりました。

札幌北区から40分程度で厚田へ到着します。
国道231号厚田区望来あたりはとても景色が綺麗ですよね。夕暮れ時はさらに綺麗なのかもしれません。

厚田の戸田記念墓地公園は桜の花見スポットとして知られています。
桜1

桜は先週あたりが最も綺麗だったようで、この日は花がだいぶ落ち、葉ができている感じでした。

正午ごろ、お墓を出発。
帰る途中、石狩市八の沢というところに寄ってもらいました。
五の沢線1
道道望来当別線から林道五の沢線へと入ります。
山菜取りをしているのでしょう。他にも数台の車とすれ違いました。全線舗装ですが、道幅が狭いので、出合頭には注意ですね。

この林道を数km走ると、右手になにやら構造物が見えてきました。
石狩油田1
「石狩油田 八の沢鉱業所跡」という石碑です。
実は、今回ここに寄った目的というのは、「石狩油田」の跡地を見るということです。
石狩に油田??と思われる方、多くいらっしゃると思います。

石碑にあった碑文によると、安政5(1858)年、厚田望来の海浜で石油の湧出を確認。
明治12(1879)年、春別(この八の沢のもう少し先のあたりだと思います)で試掘。
明治36(1903)年から本格的に開発が始まり、明治44(1911)年に日本石油株式会社に譲渡。
昭和4(1929)年には年間10,000tの産出量を記録しましたが、その後は低下傾向。
そして昭和35(1960)年に閉山となりました。
石油が産出されていたころは、この石狩油田から軽川駅(現在の手稲駅)までパイプラインで石油輸送していたというから驚き。

石狩油田2
石碑の隣には、「石狩町立八の沢小学校」の校門が残されていました。
こんな山奥に何で小学校が??と最初は思いますが、このような歴史があったということを知れば、納得です。
石狩油田3
見取り図もありました。
昭和23年頃のものですが、小学校や購買部などがあるところを見ても、当時はこの辺り一帯の山は賑わっていたことが分かりますね。今は何もない山奥ですが。

さらに先に進みます。
すると、藪の中に「立入禁止 火気厳禁」 アヤシイ…
待避所のスペースがあったので車を停め確認… 車を出ると、かなりの石油臭…

石狩油田4
そう、石油が湧き出ているんですねえ~

石狩油田5
本当に湧き出てるんですよお
ブクブクと言いながら湧き出ています。すごいねえ…
油田は閉山したのですが、今でも至る所から石油が湧出していることが分かりますね。
今回はこの場所しか石油湧出を確認できませんでしたが、もう少し奥の方まではいって行けば、他にも湧出しているところがあるかもしれませんね。
しかし、石油が湧き出ているところなんて、初めて見ましたよ。
石油というとどうしても「中東」とかを想像しますが、こんな近くに石油の湧き出ている場所があるとは!

因みに、石狩油田以外には厚田油田などもあったようで、こちらも現在でも湧き出ていると言います。(蓋をされてしまっているらしいのですが)
それ以外にも茨戸油田というものが札幌市内にあり、当時はかなりの湧出量を誇っていたと言います。

貴重な経験でした。この辺り一帯はかなりの石油臭がしますし、林道沿いには「火気厳禁」といった看板も数か所にありました。
もし機会があればぜひ。ただ、石油が湧き出ている以外に、施設の跡などは特に見られませんでした。
藪をかき分けて、奥の方まではいって行けばもしかすると遺構があるかもしれませんが、確実ではありません。
神社はあったのですがね。(今回は見学しませんでした)

その後、林道を当別側に抜け、札幌へ帰りました。
新たな発見ですね。たのしかったですよ。
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