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私立A日程終了

昨日16日、私立のA日程が終了しました。
2日目に面接のある学校もありますが、僕の受験した高校はありませんので、昨日で終了です。

一昨日15日に下見へ行きました。バスと地下鉄を乗り継いでいくことになるのですが、1時間程度でした。地下鉄を降りたらすぐの場所にあるので、迷うことはありませんでした。

校舎は最近新しくなったので、とてもピカピカ。私立はちがうなあ。

そして昨日、入試本番です。朝は雪がやや強く降っており、バスが遅れるのではないか心配でしたが、そこまで後れることがありませんでした。

地下鉄を降り、受験会場に。どうやらSTVのカメラが来ていたようで。気付かなかったけど。
教室にはもうほとんどの受験生が座っていました。近くは同じ学校の生徒でした。

軽く見直しなどをし、1時間目の国語。諸注意が放送で流れ、9時05分ごろ試験開始。出来そうな問題からやっていき、最後に分からなかったところをなんとか埋めます。

その時!

「ウーウー 1階の火災報知機が作動しました。只今確認中です。今後の情報にご注意下さい。 ウーウー」

えっ!火事?避難するのこれ?

と思いましたが、とりあえず放送が流れるまで解答。すると、

「ウーウー 確認の結果、以上ありませんでした。ご安心下さい」
という放送。なんだあ。

しかし、全て解答できませんでした。うーん。

解答用紙を集めると再び放送で、
「国語の点数は、考慮いたしますのでご安心下さい。」といいます。
考慮?どのように考慮してもらえるのだろうか。

その後、数学、社会。数学は苦手だったため、あまり出来ません。社会も難問が出たりしまして…心配。

昼休みは1時間ほどありましたので、昼食を食べ、トイレへ行き、少し勉強しました。

そして理科と英語。理科は終了後、ケアレスミスが発覚。だって、後ろで
「湿度60.9%だよね?」って言うんだもん。
「…あれ?小数点以下も書くんだっけ?」と思い、本当は確認したくなかったのですが、あまりにも気になったので確認。すると
「小数点第2位を四捨五入し小数第一位まで求めなさい」とある。
…間違えた…

英語も、苦手教科で、一番最初の長文。
Long,long ago, ああなるほどね。ずっとずっと前ってことね。
ここまではいいんですが、後はあまり読めず…

The sun did not set.
これを日本語に訳せということなので、一応
「太陽が昇ることはありませんでした。」と書く。
後は適当に埋めておきましたが、さて?

でも、第五問は比較的簡単でした。

帰りはすごく親しいひとがいませんでしたので、一人で帰りましたが、途中で同じ学校の人がいたので、一緒に帰ることに。北24条で別れましたが、バスも多くが同じ学校の人。試験終了の時刻が一緒のようで、バスは超満員。

でも、そのバス車内にいる人もあまり親しくないものですから、一人で帰りました。ちょっと、いや、かなり寂しい思いをしましたが、自発的でない自分が悪いのであるから仕方ないのですよ。

明日18日は私立B日程の下見。(僕はB日程も受けるんです)明後日はB日程の受験です。
頑張ります。
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豊浜トンネル崩落から14年

1996年2月10日午前8時10分頃のことでした。
小樽~江差間を結ぶ国道229号、余市~古平にある豊浜トンネルで、大規模な崩落事故が発生。
中央バスと乗用車1台が岩盤に潰され、バスの乗客18名と運転手1名、乗用車の1名、計20名の尊い命が犠牲になりました。
今日は、その悲惨な事故を振り返ってみることとします。

  2月10日
 8時10分 豊浜トンネルで崩落。
 10時10分 小樽開建の職員から古平町役場に「トンネル内にバスを発見」との連絡が入る。
 11時00分 余市町事故対策本部設置
        中央バスが小樽事業部内に対策本部設置
 12時00分 古平町事故対策本部設置
 13時30分 開発局の調査団が札幌から現地へ調査に出発
 15時00分 開発局の阿部芳昭道路維持会長が会見
 15時50分 小樽開建が豊浜生活改善センターに合同対策本部設置
 16時30分 道が陸上自衛隊に災害派遣要請
 18時42分 陸自第29普通科連隊現地到着
 19時00分 余市側から手掘りによる土砂の除去作業開始
 20時00分 開発局の現地調査団が「高さ60m、幅40m、厚さ10mの岩魂など約2万㎥がブロック状に落下した」と最初の報告


   11日
 4時00分 発破作業に向け雪の足場が完成、火薬装てんのため岩盤に穴あけ開始
 10時30分頃 開発局が事故被害者の家族らに、発破作業を始めたい旨、説明。家族ら同意
 12時45分 トンネル近くの海域を航行規制
 13時22分 発破21箇所のうち14箇所に火薬装てん
 15時00分 中央バスの中川社長が古平町役場を訪れ、「出来る限りの協力をしたい」
 16時25分 1回目の発破点火
 16時26分 古平側にいた開発局開発土木研究所の西川純一土質研究室長が無線で「5~10mしか下がらず当初の計画通りの
        成果を得られなかった」と報告
 16時30分 妻と娘がバスに閉じ込められている会田さんが出稼ぎ先の長野県松本市から室蘭港のフェリーターミナルに到着
 21時20分 2回目の発破に向け、飛び散った岩を掘削機で砕き、足場を固める作業を開始
 23時41分 阿部三郎道開発庁長官が会見
 
   12日
 5時15分 開発局が2回目の発破について、家族に説明。「とにかく早くやってくれ」との声が相次ぐ
 6時23分 岩盤に割れ目が見つかり、発破準備作業中断
 9時50分 阿部道開発庁長官が余市側の合同対策本部に到着
 11時40分 発破準備作業開始
 14時00分 約250kgの火薬装てん
 15時35分 開建側が家族に対し、午後4時に2回目の発破を行うことを説明
 16時00分 2回目の発破点火
 16時37分 高松泰合同対策本部長が、余市側で家族に2回目の発破の結果を説明。「最悪の形ではないか」といった怒りの声も
 17時00分 古平側で開発局の西川土質研究室長が会見し、「(残った岩盤は)倒れる予定だったのに」と落胆の表情
 20時50分 開建側が家族に今後の作業について説明。具体的な方針はせず、同意は得られず

   13日
 1時50分 高松合同対策本部長が会見。「3つの方法を検討。朝までに作業に掛かるよう検討を続ける」
 7時15分 開建側が家族に「今日中に2回の発破を行う」と説明。家族は「一刻も早く」と合意
 8時20分 開発局の阿部道路維持課長が「あと2回の発破で岩盤は全て小割にする。火薬量はこれまでより増やす」と説明
 10時00分 岩盤の穴あけ作業終了、火薬の装てん開始
 12時00分 合同対策本部が家族に「発破点火時刻は午後0時半」と説明
 12時30分 3回目の発破点火
 13時25分 小樽開建が「650㎥の岩のうち、250㎥の岩を吹き飛ばした。量的には計画通り」と言明
 15時18分 堀達也知事、豊浜生活改善センターに到着。家族らと約10分間対面し、「救助作業が思うようにいかないのは本当に
        残念」とコメント
 16時24分 堀知事、古平側から事故現場を約10分間視察
 20時20分 佐藤泰三開発政務次官が合同対策本部入り
 20時45分 開発局、足場の設置作業に時間が掛かることを理由に、13日中の4回目の発破を断念
 21時20分 合同対策本部が余市側の家族に4回目の発破の延期を説明
 23時43分 高松合同対策本部長が、余市側のバスで待つ家族に14日の日程を説明

  14日
 2時00分 岩盤の穴あけ作業始まる
 6時10分 合同対策本部が4回目の発破について家族に説明
 11時00分 4回目の発破点火。岩盤本体がついに崩れ落ちる
 11時30分 旧道と覆道の土砂除去作業開始
 14時16分 古平側発破箇個所の土砂除去作業を開始
 16時46分 1基5mのベルトコンベアー4台を積んだ車両が余市側からトンネルの中へ。自衛隊のショベルカー、民間の掘削機な
        どが順次トンネルの中に
 18時40分 豊浜生活改善センターで、新山惇・新本部長が家族に経過説明。「2、3日中にスケジュール示す」との発言が猛反発
        を呼ぶ
 19時34分 新山本部長が家族に救出作業について説明。「一生懸命やります」と涙声で弁解
 22時45分 中尾栄一建設相の車が余市側入り口にいた家族の前を通過

  15日
 5時00分 トンネル上の土砂がほぼ取り除かれる
 11時55分 札幌市消防局のレスキュー隊が旧道を通り余市側トンネル入り口へ
 14時00分 古平側トンネル入り口上部で、削岩機による本格的な作業開始
 17時30分 古平側入り口前に自衛隊員を乗せたトラックやジープ型車計4台が到着。ショベルカーによる削岩作業始まる
 23時30分 岩盤崩落で埋まっていたトンネルの古平側覆道部分の上部の土砂をほとんど除去

  16日
 0時35分 トンネル上部が一部つながり、余市側の赤灯が古平側から見える
 4時35分 古平側からの土砂除去、自衛隊による手掘りの作業に
 11時51分 古平側で乗用車の一部を道警が確認。岩の隙間からワインレッドのドアの一部が見える
 12時04分 合同対策本部で佐々木友善道警広報課長が報道各社に「ワインレッド色の乗用車のドアを発見」と発表
 15時50分 発見された乗用車のナンバーから、梅本さんの車と確認
 18時20分 道警広域緊急援助隊39人が救助活動のため、古平側からトンネル内に
 20時49分 乗用車の運転席から男性と見られる遺体を発見
 23時41分 遺体を収容
 23時47分 中尾建設相、阿部開発庁長官、堀知事が合同対策本部に入り、家族を見舞う
 23時48分 遺体を載せたワゴン車が古平側からトンネルを出る

  17日
 0時15分 梅本さんの乗用車を搬出。ただちに掘削作業を再開
 1時15分 堀知事が待機用のバス内の家族を見舞った後、「対応が遅れた」と謝罪
 3時40分 梅本さんの両親が海洋センターで、遺体を立志さんと確認
 5時30分 自衛隊の隊員181人が、古平、余市の両側からコンクリートなどの除去作業に入る
 6時30分 古平側から、バス後部の赤と白の車体色を確認
 7時50分 合同対策本部の警察官が古平側から、「中央バス」の4文字を確認
 11時12分 シートなどで窓を覆ったワゴン車4台がトンネル古平側に到着
 11時30分 道警広域緊急援助隊約10人が古平側で待機
 15時00分 道警と札幌市消防局のレスキュー隊がバスの車体切断作業を開始
 15時26分 バスの左側後ろから二番目の窓際に若い男性の遺体発見
 15時31分 トンネル余市側近くのプレハブなどで待機する家族に、道警が「バスから遺体発見」を報告。プレハブ内が騒然となる
 15時45分 余市側にいた家族らがバス2台、乗用車約50台で海洋センターへ
 16時29分 バスの屋根の撤去完了
 16時30分 家族らが次々と海洋センターに到着
 17時15分 合同対策本部が、「(バスから)あわせて17人の遺体を発見。全員の死亡を確認」と発表
 18時35分 17遺体が海洋センターに搬送される
 18時45分 新山本部長が「このような結果になり、誠に残念。引き続き残された被災者の救出に全力をあげる」と会見
 19時30分 海洋センターに収容された遺体のうち、蝦名さんの身元が判明
 19時45分 成田さんの身元が判明
 20時00分 村田さんの身元が判明
 20時05分 バスの中にあった岩塊の下から、最後の2遺体が見つかる。バスの乗員、乗客19人全員の死亡を確認
 20時30分 堀さんの身元が判明
 20時45分 小枝さんとバス運転手の岩本さんの身元が判明
 21時07分 会田さん親子の身元が判明
 21時08分 最後の2遺体が現場から海洋センターへ搬送される
 21時30分 余市側に置いた合同対策本部を解散。海洋センターから、ひつぎに納められた遺体が次々に我が家へ無言の帰宅
        田畑さんの身元が判明
 22時15分 篠原さんの身元が判明
 22時35分 荒川さんの身元が判明
 22時45分 久保田さんの身元が判明
 22時50分 本間さんの身元が判明
 23時10分 七尾さんの身元が判明
 23時20分 角田さんの身元が判明
 23時25分 服部さんの身元が判明
 23時50分 藤井さんと村上さんの身元が判明
 23時58分 吉田さんを最後に全員の身元が判明

  18日
 0時14分 吉田さんのひつぎが最後に古平海洋センターを出て、家路に着く

今から14年も前の話ですが、大変悲惨な事故でした。
もう二度とこのような事故はなくしていくべきだと、僕は思います。

                           ※ドキュメントは、1996年2月18日朝刊 北海道新聞掲載のものです
プロフィール

yu1148

Author:yu1148
北海道と道路と自転車好きのyu1148のブログ。「北海道路」

メインのサイト「北海道自転車・道路探索」こちらです。
http://douro21.web.fc2.com/

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